敵地に乗り込んで、選手にとって一番嬉しいのは、サポーターの応援であろう。
アイルランド協会はこのワールドカップ中に、アイルランド本国から、車を売り、家を抵当に入れた熱烈なサポーターも含め2,500人が日本に来、その他のアメリカ、オーストラリア、東南アジアを含めて更に2,000人合計4,500人がアイルランドの応援のため、日本に来ると予想していた。それに加えて、アイルランドからの報道陣100名が来た。
まずキャンプ地の出雲市では、さすが試合前のため、一般のアイリッシュサポーターは殆ど来なかったが、報道陣はロイ・キーンのチーム離脱のスキャンダル発生のため、約100名が常駐し、アイルランドチームを本国に報道、ドーム練習場のプレスセンターは、出雲市初めての、大量アイリッシュでごった返していた。この事件も選手一同がマッカーシー監督を支持する声明を出し、一見落着。以降は報道陣もアイリッシュサポーターとして、熱烈に応援、一気にチームはまとまった。
そして新潟には何と1万人以上の緑のレプリカが埋めた。結局のところ、総勢8千人のアイリッシュが日本に詰め掛けたのである。4年に一度、今回はアメリカ以来の8年振りのワールドカップ、世界中のアイリッシュの移民が一同に会したのである。
1800年代の大飢饉の時、イングランド政府が援助せず、2百万人が死亡し、多くのアイリッシュが国を捨て、アメリカ、オーストラリア、カナダ、東南アジアに移民を余儀なくされた、暗い思いをこの祭典に一同に会し払拭する事も出来るだけに熱が篭り、あの素晴らしい応援となったのである。選手もこのアイリッシュの歴史は皆知っている。それだけにこの世界中から集ったアイリッシュのサポーターに対し、全力を挙げ闘わなければ済まない気持になるのは当然である。
ドイツ戦同点ゴールを決めたロビー・キーンも『あの熱烈な応援が無かったならば、あのゴールは生まれていなかった』とサポーターを称え、試合後は選手、スタッフ一団となってサポーターに挨拶したのも当然の事であった。そして、試合毎に、アイリッシュの闘いに酔いしれた日本人サポーターも緑をきて応援、スタジアムが緑化したのは、新潟、鹿島、横浜すべて同じであった。
韓国のレッドも凄かった。日本の青も映えていた。しかし、選手との気持ちが一番通じていたのは、歴史を背負うアイリッシュではなかったであろうか。
サポーターの一人、オコーナー氏は『私はコークから来た。ロイ・キーンの故郷であるが、今回のアイリッシュの活躍はロイ・キーンを忘れさせた。皆アイリッシュとして気持ちを一つに出来た。ベスト16で十分だ。勝負よりアイリッシュとしてのアイデンティティを蘇えらせてくれた。』という言葉がアイリッシュのサポーター振りを如実に語っている。
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