Byジェレミー・ウォーカー
東京(2000年6月1日)
66年W杯で優勝を飾ったイングランドは“ウイングレス・ワンダー(ウイングなしの驚異のチーム)”として知られるチームで勝利をつかんだ。
ウェンブリーでのドイツとの決勝を4―2で制し、当時の監督アルフ・ラムゼーは後に「サー」の称号を与えられることとなるわけだが、彼はウイングを配置するという伝統的なスタイルを捨て、コンパクトな4―4―2システムでこの大会に挑んだ。
2002年に向けた代表チームの再編に取りかかるにあたり、日本代表監督のフィリップ・トルシエはサー・アルフの“ウイングレス・ワンダー”を真似ているように思える。
日本にとって、6月は大変せわしい一月となる。
W杯王者フランスとの4日の一戦を皮切りに、モロッコで2試合。お次は帰国し、11日にスロバキア、18日にボリビアとキリンカップを戦う。
カサブランカでのハッサン2世国王杯に臨む26人の代表メンバーに、サイドを持ち場にするプレーヤーが見当たらないのは紛れもない事実だ。
左右のサイドバックが機を見て攻め上がる4―4―2システムでは、こうした選手がいなくとも大したハンディキャップにならないかもしれない。
しかし,トルシエの敷く布陣、すなわち3―5―2システムにおいては、サイドを戦いの場とする選手たちが間違いなく必要となって来る。
3人のディフェンダーが横一列に並んでラインを敷き、2人の守備的ミッドフィルダーがその前に位
置する。そしてその間の距離を決める役割を担うのは、5人のミッドフィルダーのうち、アウトサイドの2人ということになる。
日本の決定力不足は、なにも今に始まったことではない。日本人最高のゴールゲッターである中山雅史は、プレースタイルが元イングランド代表のスター選手、ガリー・リネカーと酷似している。相手ディフェンダーを背負い、的確なポジショニングからクロスに合わせる得点感覚。ともにペナルティー・エリア内、それもゴール至近距離で勝負するタイプのプレーヤーだ。
ディフェンダーにとってもっとも対応しにくいボールとは、サイドを深く切り込んでのクロスボールである。だが、リスクを冒して相手センターバック裏側まで深くえぐり、クロスを上げるシーンは、現在の“ウイングレス・ワンダー”日本代表では、滅多にお目にかかれない。
前回のホームゲーム、0−0の引き分けに終わった神戸での中国戦では、トルシエは右に望月重良(名古屋)、左に名波浩(ベネチア)を起用。
両選手ともにサイドの選手ではなく、特に名波は1対1の場面で勝負をかけ、クロスを放り込むといったタイプの選手ではないだけに、どうしてよいか分からずといった場面
も見られた。
望月は膝の怪我のために今回のメンバーからは外れ、代わって明神智和(柏)が召集された。明神は堅実かつ勤勉なプレーヤーであるものの、サイドを切れ込むプレーヤーでないのは確かだ。
今回召集された中盤の選手10人のうち、純粋なウイングバックの選手であるのは、三浦淳宏(横浜)ただ一人。三浦は左右両サイドをこなす。
森島寛晃と中田英寿は、トップ下で自由に動くことを好む。名波と中村俊輔は、古典的なインサイドの攻撃的ミッドフィルダーだ。上野良治、明神、伊東輝悦、奥大介、そして才能溢れる若い稲本潤一は、DF陣の前の守備的なポジションを持ち場とする。
深く切り込んだ位置からのクロスが少なければ、相対する守備陣は中央をガッチリと固め、中盤を組み立てることができるので、日本の動きは断ち切られてしまう。たとえクロスが単発で入ったところで、そのクロスは遠目から放り込まれるため、キーパーは予測が容易にできるというわけだ。
だがトルシエは、自らの選んだ代表メンバーに満足しているようだ。名良橋晃、相馬直樹の両サイドバック、ウイングの本山雅志(いずれも鹿島)、市川大祐(清水)といった、豊富な運動量
で相手の裏を取る能力に長けたプレーヤーを軽んじてはいないか。
日本が6月の試合で再びゴールを挙げるのに苦しむようなことがあるとしたら、トルシエと彼の“ウイングレス・ワンダー”の戦術にとっては、すでに手遅れということになってしまうのだが。
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